アファンタジアの定義

 アファンタジアはZeman博士によって提唱された概念で「実際に目の前にある物や人の知覚(見たり,聞いたりすること)は機能しているが,心的イメージの形成が難しい」特質のことを言います(Zeman et al., 2015)。
 ここで,心的イメージというのは「目の前に物や人は存在しないのに,それを心のなかで体験することができる感覚類似経験」のことです。たとえば,目の前にリンゴはない状況で「リンゴを思い浮かべてみて」と言われれば,多くの人はリンゴの「視覚イメージ」を実際に思い浮かべるかもしれません。しかし,アファンタジアの場合,実際に視覚イメージを思い浮かべることはほとんどありません(もちろんリンゴのことは知っているし,ことばとして説明することもできます)。アファンタジアを考えるときには,イメージを思い浮かべることができるかどうかという視点だけでなく,人がどのように物や人を認識しているのか,つまり認知スタイルの多様性と捉えることが必要です。

アファンタジア研究の歴史

 アファンタジアが提唱されたのは,2015年のZeman博士による論文でしたが,その契機となったのは2010年の論文(Zeman et al., 2010)でした。この論文では,MXという男性の事例が報告されています。MXは冠状動脈形成術を受けた後,日常の視覚には問題がないにもかかわらず,夢も含めて視覚イメージが見えなくなりました。この論文は,サイエンスマガジン「Discover(Zimmer, 2010)」で取りあげられました。そうすると多くの読者から反響があり,Zeman博士のもとに20名以上から「自分も視覚イメージ浮かばない」と連絡がありました。Zeman博士はこれらの人々のイメージやエピソードを調査し,Zeman et al.(2015)の論文で初めてアファンタジアを提唱することになります。
 現状では,質問紙調査によるイメージ特性の研究,知覚・認知課題を用いた行動実験,fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた生理実験などが展開されています。詳しくは「情報ソース」にまとめてありますので,そちらをご覧ください。

アファンタジアは新しい概念なの?

 実は,イメージが浮かびにくいという事例は必ずしも新しい概念とは言えません。たとえば相貌失認といって,よく知っている人の顔の認識や区別に困難を示す視覚性失認がありますが,相貌失認でも顔イメージの形成に困難を示すと言われています(Grüter et al., 2009)。
 アファンタジアの場合,実際の知覚は機能していますから,その点で相貌失認とは異なります。アファンタジアは,知覚とイメージとの関連性について再検討を促す重要な概念と言えるでしょう。
 何より,イメージが思い浮かびにくいという重要な事例があるにもかかわらず,なぜそれを研究対象としてこなかったのか,心理学の立場からきちんと考える必要があります。認知の多様性を実証し,それを社会に発信する責任があると感じています。

アファンタジアの著名人

 いくらか著名人をあげてみますと,たとえば,グレン・キーン(Glen Keane:ディズニーのアニメーター),エドウィン・キャットマル(Edwin Catmull:ピクサー),・・・などがいるそうです。このことからもわかりますが,アファンタジアだからといって創造的な仕事ができないわけではありません(もちろん,困難さを感じている当事者もたくさんいます)。