アファンタジアに関する研究知見について,主なものを取りあげて簡単に紹介します。

論文

1. Zeman et al.(2010), Neuropsychologia

 アファンタジア提唱のきっかけとなった単一事例研究に関する論文。男性MXは,冠状動脈形成術後に視覚イメージが浮かばなくなった。fMRI(functional magnetic resonance imaging)を用いて,有名人の顔を見ている条件(知覚条件)と言語的に提示された有名人の名前からその顔をイメージする条件(イメージ条件)の脳活動が測定され,統制群の結果と比較された。結果として,知覚条件ではMXと統制群の脳活動に違いはなかったが,イメージ条件ではMXのほうが統制群よりも前頭部での有意な活動を示した。この知見が,実際の視覚は機能しているのに視覚イメージが浮かばない事例としてサイエンスマガジン「Discover(Zimmer, 2010)」に掲載されると読者から反響があった。このとき,Zeman博士に問い合わせて質問紙調査を受けた21名のデータがZeman et al.(2015)の調査対象者となり,次のアファンタジアの提唱へとつながった。

2. Zeman et al.(2015), Cortex

 アファンタジアを提唱した論文。イメージが浮かびにくいと自覚のある21名を対象として,視覚イメージの鮮明度を測定するVVIQ(Vividness of visual imagery questionnaire: Marks, 1973)をはじめとして,イメージが浮かばないと気づいた時期はいつか,視覚だけでなく聴覚や触覚など他の感覚でもイメージ形成が難しいか,休日や記念日などのイベントを思い出せるか,アファンタジアが思考プロセスや進路選択へ影響しているか,などについて回答を求めた。特徴的な結果として,別に取得した統制群よりもVVIQ得点が有意に低いこと(つまり,イメージが浮かびにくいこと),21名のうち10名は全ての感覚でイメージが浮かばず,14名は自分の過去に関する自伝的記憶が弱い一方で言語,数学,論理的思考では代償的に得意である可能性などが報告された。

3. Keogh and Pearson(2018), Cortex

 アファンタジアの視覚イメージについて,行動実験を用いて検討した論文。用いた課題は両眼視野闘争といって,一方の目には緑色の縦縞,もう一方の目には赤色の横縞パターンを提示すると,どちらか一方のパターンが見えた後,時間の経過とともに見えるパターンが切り替わるという現象である。その際,どちらかのパターンを事前に見ておくと,それが強く見えるようになることがわかっており(プライミング効果という),さらにどちらかのパターンを事前にイメージすることでも同様の結果が得られる(Keogh & Pearson, 2011)。この研究では,アファンタジア当事者15名が参加した。結果として,統制群(イメージが浮かぶ人たち)では上記のプライミング効果が生じたものの,アファンタジア当事者ではプライミング効果が生じにくかった。これは,パターンを事前にイメージすることが難しかったためと考察されている。

4. Dawes et al.(2020), Scientific Reports

アファンタジアのイメージについて,視覚だけでなく聴覚や触覚なども含んだ多感覚イメージの観点から調査を行った論文。加えて,エピソード記憶や空間処理など様々な観点からも分析を行っている。それぞれ200名以上のアファンタジア群と統制群を対象とした。特徴的な結果として,視覚イメージの鮮明度を測定するVVIQ,多感覚イメージの鮮明度を測定するQMI(Questionnaire upon mental imagery: Sheehan, 1967)から,アファンタジア群では視覚イメージだけでなく全ての感覚イメージが浮かびにくいことが明らかとなった。またエピソード記憶(自分の過去の思い出など)に関して,アファンタジア群のほうが統制群よりも有意に想起しにくいことが示された。一方で,空間イメージ(場所に関するイメージ)に関してはアファンタジア群と統制群の間に違いは見られなかった。

5. Bainbridge et al.(2021), Cortex

 アファンタジアの視覚イメージについて,行動実験を用いて検討した論文。課題は描画に関するもので,日常風景の画像(部屋の写真)を記憶して描画する課題,既に見た画像と新たな画像を区別する課題(既に見た画像と新たな画像の違いをどれだけ見つけられるか),画像を模写する課題,そしてVVIQなどイメージに関する質問項目から構成された。結果として,描画ではアファンタジア群のほうが統制群よりも再生した物体の数が有意に少なく,物体に含まれる情報(色など)が少なかった。一方で,アファンタジア群のほうが記憶の際に言語方略に依存している(視覚イメージよりも言葉として記憶している)ことがわかった。また模写など他の観点ではアファンタジア群と統制群に違いはなかった。特に,空間イメージについては違いがなく,アファンタジア当事者は言語方略や空間イメージを主に使用している可能性が示唆された。

6. Monzel et al.(2021), Attention, Perception, & Psychophysics

 アファンタジアの視覚イメージについて,行動実験を用いて検討した論文。課題は視覚探索といって,事前に知らされたターゲットを覚えながら,その後に提示される画面上で探索するものである。特に,今回の課題ではターゲットが言語的に呈示されて,それを視覚的にイメージすることが求められた(たとえば,「青色」という言語的な呈示では視覚的に青色をイメージする,「バナナ」という言語的な呈示では視覚的にバナナをイメージする)。視覚探索課題は2種類実施され(研究1と研究2),それぞれ531名と325名のアファンタジア群と統制群が参加した。研究1は色についての探索であり,研究2は果物や野菜についての探索であった。どちらの研究でも同様に,アファンタジア群のほうが統制群よりも探索に時間を要した。普段の日常生活でも,このようなイメージを用いた探索においてアファンタジア当事者が困難を示している可能性が示唆された。

7. Milton et al. (2021), Cerebral Cortex Communication

 アファンタジアとハイパーファンタジア(アファンタジアとは逆に,かなりイメージが浮かびやすい人たち)を対象として,fMRIを用いて脳機能測定を行い比較した論文。アファンタジア群を設定した上で,fMRIにより脳機能を測定した初めての論文と言える。有名人の顔や有名な場所を映像として見る「知覚課題」,およびそれらの名称が言語的に提示された上でイメージする「イメージ課題」が用いられ,そのときの脳機能が測定された。また安静時(何も課題に取り組んでいない状態)のfMRIについても測定された。アファンタジア,ハイパーファンタジア,統制群の3つについて脳活動が比較された結果,前頭頭頂葉においてアファンタジアの脳活動が他の2群よりも有意に弱かった(ハイパーファンタジア・コントロール>アファンタジア)。また安静時のfMRIについては,後頭葉の視覚ネットワークと前頭前皮質においてハイパーファンタジアよりもアファンタジアのほうがそれらの関連が弱かった(ハイパーファンタジア>アファンタジア)。特に,前頭頭頂葉における群間比較の結果から,アファンタジアにおいては,イメージを形成する際の頭頂葉における視覚的注意の弱さが推測された。

8. Dance et al.(2022), Consciousness and Cognition

 アファンタジアの割合(社会においてどのくらいアファンタジアに該当する人が存在するのか)について調査を行った論文。アファンタジアの定義としては,視覚イメージの鮮明度を測定するVVIQを用いた。学生502名を対象とした場合は4.2%,オンラインによる社会一般の人502名を対象とした場合は3.6%であり,全体としては3.9%(男性3.2%,女性4.2%)となった。割合としては,これまでの先行研究(たとえば,Zeman et al., 2015, Cortex)で想定されていた理論値(2%程度)よりも高いものと言える。しかしながら,アファンタジアの定義としてVVIQのみを使っていること,結果的に視覚イメージにのみ注目していることなど,様々な問題も考えられる。また,アファンタジアのなかでも多様性が存在することを考慮すれば,より複数の観点から議論を行うべきであろう。

書籍

1. Kendle, A. Aphantasia: Experiences, perceptions, and insights. Oakamoor, Staffordshire: Dark River, 2017.

 海外の当事者たちが,自信のアファンタジアの体験について語ったエピソードを収録した著書。日本語訳は以下。
髙橋純一・行場次朗(共訳)アファンタジア:イメージのない世界で生きる. 北大路書房, 2021.

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動画

国内においてアファンタジアという概念が提唱される以前から,ご自身の視覚イメージが浮かばないことを報告されてきた当事者の方がYouTubeに動画をあげてくださっています。